TSUKUBA FUTURE #075:眼球の奥に宿るドラマ

医学医療系 岡本 史樹 講師
网膜は眼球のいちばん奥にあり、レンズ(水晶体)で集めた光信号をキャッチして视神経に送る重要な组织です。そこに不具合が生じると失明に至ることもあります。この网膜を眼球の内侧に押さえつけているのが、眼球内を満たしている硝子体(しょうしたい)というゲル状の物质です。成分のほとんどは水なのですが、外からの衝撃や老化、炎症などによって状态が変化すると、网膜にさまざまな病気を诱発します。そのような网膜疾患の治疗では、硝子体を取り除く手术が必要となります。冈本さんは、年间数百件もの硝子体手术をこなしている眼科の専门医です。
かつて、硝子体手术は合併症も多くて难しいものでしたが、ここ十数年间に手技はめざましく进歩しました。除去された硝子体は再生しませんが、やがて代わりの液体で満たされます。しかし除去した直后は、网膜を眼球の内侧にしっかり押さえつけておくために、补完材料を注入します。通常はシリコンオイルやガスを使います。しかしこれらは生体适合性が低く、再び网膜を伤めてしまうこともまれにあります。しかも、术后しばらくは注入したオイルやガスが偏らないよう、数日ほどうつ伏せ姿势で安静を保つことになり、患者にとって大きな负担となります。そこで人工硝子体の开発が长年の课题でした。
冈本さん后辈の星さんは、硝子体の代替材料をずっと探していました。そしてサイエンス誌に载った研究论文に注目しました。一般にゲルには、水を吸収してどんどん膨张(膨润)する性质があります。ところがその论文では、その常识を覆すユニークな高分子ゲルが绍介されていたのです。そこで早速、その论文を発表した东京大学の酒井崇匡(たかまさ)さんに声をかけ、共同研究が始まりました。
ゲルには生体组织と似たところがあり、コンタクトレンズや绊创膏などに使われていますが、膨润がネックとなり、体内に埋め込む用途はほとんどありませんでした。ところが冈本さんたちが开発に成功したゲルは、膨润がとても少ない上に、しばらくすると自然に分解し、最后は水になってしまいます。硝子体にも加齢に伴って徐々に液化して水になっていく性质があるので、これこそまさに探していた材料でした。およそ3年をかけて、分子设计と合成と実験を何度も繰り返した末に、ようやく最适なゲルが完成しました。これをウサギの硝子体手术で试したところ、术后の安静も不要で、1年以上、副作用もでませんでした。
この世界初の人工硝子体は、新しい材料の提案にとどまらず、臨床応用の一歩手前まで到達できたことが大きく評価され,研究成果がNature Biomedical Engineering誌にアクセプトされました。しかもHot topicsとしてNature誌とNature Materials誌でも特集されました。材料としてのゲルを研究している現場では、具体的な用途をイメージできないまま合成を試みているケースが多いといいます。一方、医師は、医療材料に対するニーズを自ら実現するすべを持っていません。今回の共同研究は、相互に刺激と喜びをもたらすものでした。ヒトへの適用に向けた治験、そして実用化を目指して研究は続きます。

诊疗と研究を両立する中で自由时间は消えていくが、やりがいがあればこそがんばれる。
最近は、复数の诊疗科や専门スタッフが协力して治疗にあたるチーム医疗が主流です。そのような连携は医疗の质を高めますが、分业化は免れません。冈本さんが眼科を选んだのは、検査や诊断から手术などの治疗、その后のケアまでのすべてを自分で担当できることに魅力を感じたからでした。その一方で、糖尿病や胶原病など全身病の症状が眼に现れる场合もあり、他の诊疗科へのコンサルテーションも求められます。眼だけに完结しているようでいて、実は幅広い医学の知识が要求される分野なのです。医疗の中では印象が地味で、眼科医がテレビドラマや映画の主役になることはまずありません。しかし、海外では眼科医のステータスがとても高いそうです。命に関わることは少なくても、眼はそれだけ大切な器官だからです。
硝子体手术では、眼球に髪の毛くらいの细い器具を挿入し、顕微镜を覗きながら、网膜と硝子体とを慎重に切り离していきます。30-60分程度の手术も日に10件以上も続くと肩や腰は辛くなりますが、顕微镜下の手术なので、年をとっても大丈夫。技术が衰えることなく、长く现役医师を続けられることも眼科の利点だそうです。第一线で诊疗に携わりつつ、自分が开発した材料が多くの人に使われるようになる。临床医としてこれ以上のやりがいはありません。

硝子体手术
文責:広報室 サイエンスコミュニケーター
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