TSUKUBA FRONTIER #027:血管の異常を引き起こすシグナルを探して 細胞と細胞外環境とをシームレスに捉える
生存ダイナミクス研究センター 柳沢 裕美(やなぎさわ ひろみ)教授
1986年筑波大学医学専門学群卒業、1993年博士(医学)。 血管の生物学と病態を専門とする基礎医学研究者。1991年より米国に移住し、テキサス大学サウスウエスタン医学センターにてポスドク?研究室主宰者(PI)として24年間過ごす。母校に招聘され、2015年から現職。女性研究者のサポートやダイバーシティーの推進にも力を注いでいる。3女の母親。好きな言葉はセレンディピティー。
细胞と细胞外マトリクス
通常は直径20尘尘程度の大动脉が、こぶ状に1.5倍以上にまで膨らんだ状态が大动脉瘤です。大抵は破裂するまで症状がなく、健康诊断や别の病気の诊察で超音波やレントゲンなどの検査を受けた际に、偶然见つかることが多い疾患です。いったん见つかれば、薬剤で血圧をコントロールして悪化を抑えたり、患部を人工血管で置き换える外科的処置が可能ですが、自然に治癒することはありません。高脂血症や喫烟などの生活习惯が原因の一つと言われているものの、详しい発生メカニズムはまだわかっていないのが现状です。
血管は、内侧から、内皮细胞、平滑筋细胞、线维芽细胞の3层构造でできています。しかしそれだけで独立しているわけではなく、弾性繊维など细胞の外の组织とも结び付いていて、その影响も受けざるを得ません。とりわけ大动脉は、血液を流し続けるために、常に力学的な刺激を受ける、つまり伸び缩みを続けており、弾性繊维との结び付きが重要です。大动脉瘤ができる原因には、遗伝的な要素や、细胞そのものの异常の他に、细胞外の组织とのつながり方に问题が生じているケースもあるのです。
ですから、体内の异常、すなわち病気を扱うとき、细胞と细胞外环境(细胞外マトリクス)を分けて考えるのではなく、一続きのものとして捉えなくては、その全容を理解することはできません。互いにどのように结合し、どのようなシグナルをやりとりしているのかを探り、そこから大动脉瘤の発生メカニズムを解明しようとしています。
シグナル伝达経路を见つける
研究は、胸部に大动脉瘤を発生するマウスモデルを使って行います。瘤発生の初期、成长过程、破裂、の各フェーズで、どのようなシグナル、因子が働いているかを、一つずつ明らかにしていきます。発症のきっかけが异なれば、成长や破裂のしかたも変わります。
大动脉瘤が発生する前、発生中、発生后の血管について、それぞれタンパク质の分离?同定を行い(プロテオーム解析)、様々な因子の変动を调べます。その因子は35个ほど。そのうちの一つ、コフィリンというタンパク质に着目し、解析を进めたところ、これが活性化すると、细胞骨格をつくるアクチン繊维が断裂し、大动脉瘤ができることがわかりました。
このようにして、大动脉瘤発生のシグナル伝达経路の一つが特定されたわけですが、他の研究グループは、これ以外にもいくつかの要因を示唆しています。残る因子の解析や他の要因などをさらに详しく调べて行く、地道な研究が続きます。
研究环境を生かして
医学研究では、マウスでの研究结果が、ヒトに対しても适用できるかを确かめることはとても重要です。最近、大动脉瘤発生因子としてもう一つ発见した、トロンボスポンジン1というタンパク质については、附属病院の心臓血管外科と协力し、実际の胸部大动脉瘤患者の手术の际に、病変部组织を提供してもらい、およそ4年をかけて、その解析を80症例ほど行いました。
その结果、トロンボスポンジン1が、ヒトの大动脉瘤患者でも高発现していることが确认されました。また、血管に対する周期的な伸展刺激(机械的な伸び缩み)がこのタンパク质の発现を诱発している(メカノトランスダクション机构)こともわかりました。もちろんそれだけで、マウスと同様に、ヒトにおいても大动脉瘤発生の因果関係を断定することはできませんが、このような基础研究と临床のコラボレーションが実现できたのは、筑波大学ならではの研究环境があってこそと言えるでしょう。
血管への兴味
もともとは、基础研究と临床の両方にじっくり取り组みたいと、血液内科を専攻していました。アメリカへ渡って研究を始めた顷に、遗伝子工学という新しい学问领域が登场し、その中で、神経堤细胞発生の研究として血管を扱うようになりました。非対称に広がる大血管は、胎生期に目まぐるしくそのパターンが変わっていきます。その様子に兴味を持ったのが最初でした。研究室を移って、皮肤がたるんだような状态になる疾患(皮肤弛缓症)の研究に携わると、细胞外マトリクスである弾性繊维が研究対象になりました。
大动脉瘤の研究を进めるきっかけとなったのは、2002年に発表した研究成果でした。细胞外マトリクスの一つ、フィブリン5が欠损していると、弾性繊维の形成に异常が生じることを発见したのです。これにより、皮肤を支える力が弱まって、皮肤弛缓症を発症するのですが、弾性繊维の异常は、それだけではなく、血管との结合にも影响を及ぼし、特に大动脉瘤を引き起こす要因になっていることがわかりました。
循环器の病気はたくさんありますが、実はその中で血管を専门に研究をする人は、それほど多くはありません。血管の研究も、メインストリームは动脉硬化。だからこそ、谁にでも発症する可能性のある大动脉瘤は、価値のある研究テーマです。
一歩ずつ、新しい领域へ
生体や病気に関する研究を突き詰めていくと、どうしても分子レベルの細かい構造やメカニズムに行き着きます。しかし一方で、体の中では、細胞外にあるマトリクスが細胞表面につながり、それがさらに細胞骨格につながり、というふうに構成されており、一部分だけを切り離して考えることはできません。血管に関しても、血管壁で起こっていることを、细胞と细胞外マトリクスを含めた一つのユニットとして捉えることが不可欠です。
そうなると、ある病态に関与する因子は、复雑になっていくのかもしれません。それでも、それらを一つひとつ、きちんとステップを踏んで、様々な方向から追っていくことが基础研究です。今わからないことを明らかにし、それを积み重ねていった先に、予防や治疗への道が见えてきます。
长年、血管の研究に取り组んできましたが、まだ手がつけられていない领域があります。それは脳血管。脳は、他の器官とは异なる独特の仕组みを持っています。细胞外マトリクスの考え方も、脳においては违った捉え方が必要です。神経系など、これまでの専门分野ではカバーしきれない部分もありますが、この新しい领域に踏み出し、全身の血管のことを知る。それが、これからの目标です。
日本学术振兴会 先导的人文学?社会科学研究推进事业(领域开拓プログラム)
筑波大学 生存ダイナミクス研究センター
柳沢プロジェクト
生物の生存戦略を理解することを目的とする生存ダイナミクス研究センターに设置された6つのプロジェクトの一つ。细胞外环境応答研究をメインテーマに、细胞と细胞外环境との相互作用の理解を目指す。とりわけ、血管に着目し、细胞外环境に対する血管细胞の応答と、それによる大动脉瘤などの血管疾患の発生メカニズムの解明に取り组んでいる
文責:広報室 サイエンスコミュニケーター)
(2019.10.21更新)